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2006年6月29日 (木)

変わりゆく風景と水の行方。

最近の市町村合併で変わってしまったが、
僕の家は旧市部の地理的に中心近くにある。
僕が子供の頃は、そこらじゅうが田んぼで、
田んぼの中を国道がはしるのどかな風景が広がっていた。

また、周囲を山で囲まれた我が町は井戸を掘って以来、
一度も枯れた事のない井戸があり、
昔は酒作りにも利用されていた。
おおもとの井戸は「宝井(たからい)」と呼ばれている。
近所にはその昔太閤秀吉が朝鮮出兵の際に水を飲んだといわれる
井戸さえある。

そんなのどかな田舎が、再開発の波におそわれている。
豊富な地下水は工場進出を始め、
商業施設の建設という形で除々に忍び寄ってきた。
一度商業施設が建つと、周囲の田んぼは日照不足の問題などで、
休耕田となることが多い。

地元の男性で作る男の料理教室から帰ってきた父が、
大型商業施設が家から歩いて5分程の所にできるという。
参加者の一人の所に事業者から土地を貸して欲しい旨の挨拶があったらしい。
市側も乗り気で、この話はどうも進みそうな状況だ。

何の本で読んだのかは忘れてしまったが、
20世紀が石油の時代であったなら、
21世紀は「水」の時代らしい。

インドを始め、増え続ける人口と、経済発展著しい幾つかの国。
食料を含め、その生産に水は欠かせない。

更に飲料水となると、話はもっと深刻となる。
外国に行ったことのある人であれば、
レストランに行って、ジュースやビールの値段と
ミネラルウォーターの値段がそう変わらないという経験をした人も
いるのではないだろうか?
世界に飲料水として適した水の量というのはそんなに存在しないのである。

「都市の河川が綺麗になってきている。」という話しを聞く。
反面、僕の住む町のような田舎で綺麗な水が狙われている。
これは、コストの高い水を浄化するよりも、
綺麗でコストの安い水を利用した方が効率がよいことによると思われる。

この先、我が町の水がどうなってしまうのか?
一日淡ファンとして見守っていきたい。

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コメント

「都市の河川が綺麗になってきている。」という話しを聞く。反面、僕の住む町のような田舎で綺麗な水が狙われている。まさしくそのとおりです。水質も問題ですが、一番影響あるのは河川改修工事.それも支流レベルの中小河川.。水質は都会とそんなに変わりません.しかし、自然環境型の護岸工事を採用しつつある都会と比べ、田舎はいまだに2面もしくは3面コンクリート張り。私の実家のそばの支流も改修前はたくさんの魚が釣れ、蛍も乱舞していたのですが、10年程前の改修で魚も蛍も激減しました。

投稿: べーさん | 2006年6月30日 (金) 08時34分

再開発、、、本当に何とも言えません。私は思春期の頃にバブルが来て、下町の景色を一変させてしまいました。前後して、東京湾や、流れ込む河川の汚染問題の時代でした。現在、確実に魚は種類・数共に増えているそうで、「都市の河川が綺麗になってきている」というのは間違いなさそうです。一方で、巨大マンションが建設ラッシュとなり、太陽は奪われヒートアイランドが加速しています。私のビオトープは、ご近所を巻き込んだ、ささやかな抵抗です。

投稿: さぼてん | 2006年6月30日 (金) 18時53分

続きです。話は変わりますが、下水処理の技術は、人間が飲んでも全く問題ないレベルまで来ているそうです。しかしながら、安心な水への欲求を理由に現在も貴重な上流・中流の環境破壊を続けています。そうまでして得た飲料水なのに、ペットボトルのミネラルを買い、シャワーや洗濯に水資源を費やす。何とも言えません。私も今でこそBRITAですが、ミネラルウォーターに凝っていた時期もありました。知らずに犯している罪。まずは目をつぶらず知ることこそが大切なことと実感します。

投稿: さぼてん | 2006年6月30日 (金) 18時53分

>べーさんへ河川に関しては、べーさんの仰る通りかもしれません。実際に支流の河川改修は酷い有様で、蛍も支流からはすっかり姿を消してしまいました。湧き水がある場所に細々と残るのみですが、毎年6月には見ることができます。河川の元である水源という問題で考えると、地下水を大量に汲み上げられるのは河川の水量減少という意味で困った問題だと思っています。実際、工場が建つようになって、我が家では井戸のパイプを延長する工事を数回行っていますし。

投稿: Zacco | 2006年6月30日 (金) 23時24分

>さぼてんさんへビオトープがご近所さんとの抵抗の証というのには驚きました。積極的な抵抗ですね。株式取引を始め、経済は無から有を生み出そうとしているように感じます。まるで塗りつぶしていない所を無理矢理探して塗り絵しているようで。うちの近くの水もわざわざ汲みに来る人がいるんですが、あれだけミネラルウオーターが売れるというのは、消費者がみんなこのままじゃやばいって思っている証拠だと思います。日本語には「水に流す」という言葉がありますが、本当に何でも水に流していたことについては終わりを迎えつつあるようですね。アクアリストは水について他の人よりも敏感に感じることができるのでは?と思っています。目についたことから考えて行くという姿勢が大切だと感じています。

投稿: Zacco | 2006年6月30日 (金) 23時37分

水と工事の話ですが、私がこの間もらったカジカのいる川は、ちょっと上流で河川工事をしています。地元の人の話だとアマゴが今年は少ないかもと言っていました。当然、カジカもいなくなるでしょう・・・それでも、魚たちは頑張って生きていますね!すごいです!そして水ですが、岐阜の水道水は長良川の伏流水が元になっています。県庁所在地の中では割りと美味しいみずだそうです。そして、ちょっと岐阜市から離れると、川の水が飲料水という所も出てきます。それだけ田舎ってこと?^^;そんな岐阜でも湧き水を汲みにくる方も結構います。ということは、岐阜の水道の水の質が落ちたのか?それとも皆さんが水も質をこだわりだしたのか・・・どんな理由でも地元の水の質を意識するということはいい事かな、って思います。

投稿: ごっちゃ | 2006年7月 1日 (土) 00時05分

>ごっちゃさんへ僕も生まれた場所では湧き水を直接飲んでいましたので、川の水が飲み水と聞いても驚きませんが、長良川の伏流水、美味しいんだろうな!!建設業界は一時の不況を脱しつつあるようですが、(素人目でみて)末端の業者はまだまだ仕事がないのかな?河川改修による公共事業でたべているのか?最近も河川改修が多いような気がします。いつまでもカジカのいる長良川であって欲しいと、遠くに住むいち長良川ファンは思っております。

投稿: Zacco | 2006年7月 2日 (日) 10時20分

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